書評まえがき ※ネタバレ注意

本記事は、「ユダヤの商人 世界経済を動かす」著者 藤田 田(デンと発音して下さい。)氏の本について掘り下げています。
既に読まれた方が多いかと存じますが、あくまで自分自身の経済的発展と人間的成長。
つまりお金に慕われる人間になる為に、本書に書かれたお金儲けのノウハウと哲学を、自分の場合と置き換えながら頭に叩き込み、見直し実践していく為に書き綴っています。
藤田 田氏の言葉と私ギャランの解釈が入り乱れておりますので、まだ読んでいない方や、無駄な考えが不必要な場合は、本記事は読まずにオリジナルをお買い求め下さい。
カバー新訂されたものが発売されていますし、中古品なら当時のものも手に入るかと。
もちろん電子書籍で手に入れる事もできますので悪しからず。
お金に履歴書はついていない
- 財布に入っているお金の出どころはどこからか。
- どうやってそのお金を稼いできたのか。
稼いできた方法によって「きれいなお金」「きたないお金」と分け隔てるのはおかしな話だと藤田 田氏は言っている。
短い章なので、全文引用し抜粋させてもらい紹介しようと思う。
お金に対する考え方、お金の稼ぎ方に関する考え方について問われているのだ。
日本人は金儲けをするときにも、カネの氏素性についてやかましい。
水商売とか、連れ込みホテルなどからあがる金は「きたない金」、
コツコツ働いて不当に安く支払われた労賃は「きれいな金」というふうに区別したがる。
私にいわせるなら、これほどナンセンスな考え方はない。
ラーメン屋の金に「この金はラーメン屋をして儲けた金です。」とはけっして書いてはない。
バーのマダムの財布の中の千円札にも「これは酔客からふんだくった金です。」とは書かれていないのだ。
金には、氏素性も履歴書もついてない。
つまり、金に「きたない金」はないのだ。
出典:P26.「きれいな金」「きたない金」はない
きれいだのきたないだのと、稼ぎ方ばかりを気にして、小さいスケールで金儲けを画策するのはいかがなものか。
手に乗ったお金に「キレイもキタナイもない」のである
キレイなお金の数え方。
少し意味合いが違うのかもしれないが、ある日、札束を人前で数える場面があった。
その様子を見て、「汚い数え方をするな。」などと憤慨し文句をいってきた人がいた。
自分のやり方で間違いの起こらないように数えたつもりだったが、気に入らなかった様子。
一瞥をくれてやり、あえての無視。
心の中では「お金に変わりはねぇだろ。」とつぶやいていた。
自分なりには大切にお金を勘定していたつもりだが、銀行マンみたいに美しいはずもない。
育ちの悪さが露呈してしまったわけだが、銀行マンよろしく、気取った優等生みたいな数え方をすれば満足だったのか。
僕に苦言を呈したこの人は、お金の出どころなんかにもきっとウルサイタイプだと思う。
ウルサイわりに、その範囲は、自分勝手なもので、我がの世界観の中で生まれた美学だけを大切にするといった具合。
善悪を自分で決めるのは結構だが、人に押し付けてくるのは違う。
お金の汚い綺麗を語る以前に、人間、中身を美しく磨いていかなければ、見境が無くなり、本質の見分けがつかなくなってしまう。
数え方にもキレイ汚いをとやかく言われるのがお金。
「お金に変わりねぇだろ。」
あの時に思った感情は、今も変わっていない。
洒落た紙幣の数え方を練習する事もなかった。
なによりも大量の札束は紙幣計数機、つまりマネーカウンターで数えられるようになろうぞ。

お金儲け=汚いという事ではない
「お金を稼ぐ手段はどうでもよい。」とも聞こえてしまう内容の話だったが、そういうわけではない。
もちろん「お金儲け」という括りでスポットライトを当てて考えてみると、手段は選ばず金を手にすればよいのだ。
合法だろうが、非合法だろうが、違法な手順だとしてもお金に変わりはないのだから。
しかし改めて考えてみよう。
リーガルな方法であろうが、契約破棄や不履行によるリスクや問題はつきものだけど、イリーガルな方法で行なう金儲けに対するリスクというのは全く違うもの。
どう異なるかなんてすぐに想像できるだろが、簡単に挙げてみよう。
- 人から大きく恨まれるリスク。
- 格上の相手に根こそぎ持っていかれるリスク。
- 逮捕や検挙のリスク。
このように、別物だということを理解するのは容易だけど、実際に手に乗ったお金に違いはない。
しかし、悪銭身に付かずとはよくいったもので、所詮はあぶく銭。
下手をすれば、表に出すことすら難しいお金なのだ。
上手な人は、マネーロンダリングなどとカッコ良く呼ばれる「資金洗浄」が出来る仕組みを同時に作る。もしくは持っていたりするのだが、一般人には敷居が高い。
手にしたお金を銀行に預けるなんてのはもってのほかで、不動産や自動車といった高価なものを買う事も出来ない。
このような場合だと「汚いお金」と「綺麗なお金」が生まれてしまう事は理解しておかなければならない。
近江の商人=三方良し
近江商人が大切にし掲げているもので「三方良し」という精神がある。
- 売り手によし
- 買い手によし
- 世間によし
売買の当事者のみならず、社会的にも良き商売が大切だという経営理念。
この精神に則った稼ぎ方であれば、「汚いお金」の部分というのは微塵も感じない。
前述の風俗や連れ込みホテルで上がったお金だとしても、合法な手段であったならば、三方良しの精神にピタリとはまる。
あのやり方で稼いだお金は「汚い金」だ!などと周りが騒ごうが関係ない。
「正当な手段」で得た「キレイなお金」などと、わざわざ言う必要もないが、世間体ばかりを気にするなという事ではないだろうか。
結局は、僻みや妬みによって稼いだ人間を乏し叩きたいだけなのだ。
お金自体にキレイもキタナイもない。
そのことを理解せずに、単純に金儲けを汚いと考えるのは愚の骨頂である。
汗水たらして働いた末に手にしたお金だろうが、エアコンの利いた部屋でパソコンを使い短時間で得た大金だろうが、同じなのだ。
どこに美徳を置くかが肝心ではあるが、法律に触れず、自分に恥じないやり方であるのならば。
誰それの事を気にして、躊躇する必要は全くないのである。
よき金儲けの方法を思いついたならば、脇目も振らずに我が道をいってみるのも正解。
これこそが大金を手にする為の実践的な考え方なのである。
キレイごとを抜かして足を引っ張る奴なんてどこにでもいる。
イチイチ気にしているのはもったいないし時間の無駄。
三方良しでやってやるぜ!ギャランでした。
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藤田 田「ユダヤの商法 世界経済を動かす」目次まとめ 書評と自己分析と解釈。
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本記事の執筆者は私、ギャランです。
言わずと知れた芸能人より芸能人。
中学受験・高校留年・就職・起業・出戻・結婚・離婚・再婚・愛娘の死・個人民事再生・不妊治療etc...
経験してから我がを知る。
バカは死ななきゃ直らない。なってみやがれこのバカに。
『パパの子どもで良かったな!』
いつまでもこう言われ続ける親父を目指しています。
オリジナルレイクスタとは僕の事。